日本一(世界一?)のレスラー、猪木についての様々なデータ(本名、ニックネーム、身長体重、配偶者、少年時代、他のスポーツ歴、ブラジルの話)。
モミアゲ猪木、ホーガン戦 |
本名:猪木寛至
「プロレススーパースター列伝」では力道山から「コラー、猪木!」と怒鳴られ、ジャイアント馬場からは「寛(かん)ちゃん」と呼ばれていた。力道山に公衆の面前で殴られたり、「あご」などと罵られたことで猪木は力道山に良い印象を持っていない(そりゃそうだ)。馬場は「猪木をライバルと思ったことはない」と語っていたとか。しかしながら新日本プロレスのNWA加盟を妨害するなど、猪木を意識していたと思われる(具体的にどういう妨害があったのか?)。
ニックネーム:「トーキョー・トム」ほか
アメリカ遠征時代に付けられたヘンなニックネーム。確かに無名の日本人「猪木」ではアメリカでは通用しない。ニックネームはともかく、テキサス東部版のNWA世界タッグ王座、ミッドアメリカ版の同王座を獲得し、その実力を現地のファンは認めたとか。「燃える闘魂」の「闘魂」は元々、力道山が使っていた言葉らしい。
身長:190 ~191cm
猪木家では猪木だけがデカい(先祖に相撲取りがいたらしいが)。本当は「189cm」だった? プロレスラーは自分をデカく見せるため、本当の身長に数センチほどプラスして公表するらしい(そういうのはやめてほしい。ファンは等身大のレスラーを応援したいと思っている)。年を取るとヒザの軟骨などの関係で背が縮む、ということで今は182cmぐらいだとか。
体重:102~110kg
レスラーとしては丁度いい重さらしい(山本小鉄(談))。あまり重いとケガするリスクもある。
配偶者:4人
倍賞美津子以外にも妻が。倍賞美津子は二番目の妻。弟子と袂を分かったり、妻と別れたり、事業に失敗したり。対人運はあまりなさそう。
少年時代
「のんびりした性格だったけど、一度だけキレたことがあった」という猪木。バスケットボールをしていたときに先輩から顔にボールをぶつけられ、ぶちのめしたという。隣の家のテレビで力道山のプロレスを観戦。まさか、後に弟子になるとは。
スポーツ歴:陸上
運動神経が鈍く、団体競技は好きではなかった、とのこと。砲丸投げにハマった猪木。レスラーになってホーガンを投げた。
ブラジル
元々は商売で良い暮らしをしていた猪木家だったが、父の急死でピンチに(猪木の父は政治家になろうとしたことがあるほどの名士だった)。貧困から脱するため、祖父の提案で猪木が13歳の時に母、祖父、兄弟とともにブラジルへ渡る。「心の貧乏人にだけはなるな」と言っていた祖父がブラジル行きの船で航海中、青いバナナを食べて腸閉塞、急死。ブラジルに着いた一家。サンパウロ市近郊の農場で過酷な農作業。コーヒー豆の収穫は手袋がいくつあっても足りないほどキツい作業(今でも夢に見るほどキツかったそうだ)。農場を借りて綿を作ろうとしたがウソを教えられ大失敗。しかし、落花生を作って大成功。仕事の後、兄と空手の稽古。日々の苦しさを紛らすためにやっていたらしく、稽古はそれほど楽しくなかったという。
リンク
猪木の代表的な戦いを振り返る。「80年代~引退試合」
猪木についての様々なデータ(スカウト、力道山、改名、衝撃の事件、アメリカ遠征、反乱、板橋事件、復帰、不満)
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